数ヶ月前、母の姉が亡くなった。
私にとっては伯母にあたる人で、結婚はしていたけど子供はいなかった。実家の近くに住んでいたので私は半年に一度顔を出す程度。75歳だったが、歳のわりには腰が早く曲がり、これ!という病気がなかったのだが、脳に腫瘍が発見されてあっという間に亡くなってしまった。

子供がいないこともあり、残されてしまった夫。しかも住んでいるのは妻の姉妹が住んでいる地域で、夫の地元は車で2時間ほどかかる。夫は元々車の運転ができないため自転車とバスで移動していたが、高齢で自転車も難しくなってきた。
夫婦して人付き合いも苦手であった。

つまり、バスの本数も少ない地方に住んでいながら母の姉の夫は

・自転車にかろうじて乗れる程度の運動能力(バス停まで歩くのもギリ)
・人付き合いが苦手で知人は妻の姉妹のみ
・車酔いが激しくバスも車も苦手
・車を運転できない
・交通の便の悪い地域に住んでいる
・料理できない
・お金はあるはずなのだが、ケチ
・携帯を説明しても持とうとしない固い頭、未だに固定電話のみ!
・要介護認定が受けられそうなのでヘルパーの話をするも、納得しない

人付き合いが苦手なのも、車酔いすることもしょうがない。少し頑固だが温厚な人柄で、私もたまに顔を出せばニコニコと話してくれる。頑固おやじというわけではないのだ。
病気もしていないが、80歳。腰が曲がりよたよたと歩く。

妻が亡くなったばかりで、とても寂しいだろうと思う。母が時々顔を出し、手作りの料理を差し入れたりしているそうだ。母としても実の姉本人は亡くなっているためそう頻繁に顔を出すわけでもない。姉の夫の一人暮らし、気にはかけている。

しかし料理もほとんどできないため、ごく近くのスーパーでお惣菜を買う。掃除もなかなか難しいようで、少し散らかっている。

伯母夫婦を10年程、母経由がメインでいろいろな話を聞いてきたのだが、一番の問題はケチであることのように私は感じたのだ。人生お金を払えばいいってこと?そうではない。

例をあげよう。ここ数年のお話
交通の便が悪い地域であるため、バスはあるのだが病院等の用事の際母に自家用車での送迎を頼んでくる。タクシーなら往復5,000円程かかる距離、母は病院が終わるのを待たないといけない。しかもお礼がない。母も74歳と運転が気になる年齢でもある。

母の方から桜でも見に行こうと花見に誘うこともある。そういうお出かけも楽しいものだ。
車が苦手な姉の夫のためゆっくり運転で。やはりここでもお礼はない。しかも高いから、と外食を嫌う。たまの出先、美味しいランチを食べるのも楽しみのひとつかと思うのだが…。

母は料理が好きだし、よく伯母夫婦に手料理やおすそわけを持っていく。
しかし、お礼はほとんどなく「あれは辛かった」等言ったりする。

問題は、お金はあるということなのだ。伯母の夫は結構大きな企業に勤めていた経歴があり、退職金ももらっている。普段外食は嫌うが、近所のスーパーではけっこう良いものを買っている。

自分も節約しているから気持ちはわかる。
しかし!仮にのお金が無かったとしても、「いつもありがとうね~!」と日々感謝の言葉を重ねるだけでも、うれしい気持ちになるのが本心。できるならたまに「送迎ありがとう!たまにはお昼出すから一緒に食べよう」等あるとなおうれしいのが人間ではないか?

母はお金が欲しいわけではない。ただ一緒に過ごして助け合いたいだけなのだ。それが人付き合いというものではないだろうか。

これから歳を重ねていくにあたって、これは本当に気を付けねばと私は思った。
何故なら節約好きでお金貯めたいし、人付き合いもほどほどしかしないから。この夫婦の生き方は、お金のあるなしに関わらず良くない例として自分は考えている。

母の姉の夫は、私も介護認定を受けてもならうなり、本人が生活していきやすいように手伝う必要がありそうだが、妻が亡くなって数ヶ月、もう少し心が落ち着いてからにしようと話している。

人から何かをもらったら、倍返し位の気持ちであげないといけないな、と過去を反省するニワトリであった(お礼もケチったりするときあった)。


投稿者

さとるみのる

管理人のさとるみのるです!なまけもののニワトリだけど、どうにか生きてるよ!

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